同級生は10人足らず。
幼稚園から中学まで、ずっと同じメンバーでした。
その小さなコミュニティーの中で、僕はずっと孤独でした。
田舎の小さな学校で感じていた孤独
僕は子どもの頃から、大人しくて生真面目、控えめな性格でした。
同級生は10人足らず。
幼稚園から中学まで、同じメンバーのまま持ち上がりです。
田舎の狭いコミュニティーの中で、ずっと同じ人間関係の中で生きてきました。
一番つらかったのは、クラスに性格的に合う友達がいなかったこと。
やんちゃで活発な子が多く、人間関係ではいつも気を遣っていました。
一人ではないけれど、一緒にいても楽しくない。
それが当時の正直な気持ちでした。
一人になりたい時もありましたが、人数が少ないため、物理的に一人になることも難しい。
学校の勉強はできたし、生活態度にも大きな問題はなかった。
でも、それが結果的に不利に働いた面もあったと思います。
先生は問題児への対応で忙しく、僕のしんどさに気づいてもらえることはありませんでした。
中学3年で不登校になる
中学3年生のとき、僕は不登校になりました。
原因の一つは、同級生からのいじめでした。
僕は嫌だという気持ちをうまく伝えられず、いつもヘラヘラしてやり過ごしていました。
いじめのことを親に話したところ、動揺した父が学校に連絡し、結果として学校を巻き込む大きな問題になってしまいました。
僕としては、できれば穏便に済ませたかったのですが……。
当時の親と学校の対応には、今でも残念な気持ちがあります。
当事者である僕の気持ちはあまり聞かれず、まるで蚊帳の外に置かれたようでした。
大人の無理解にも傷つきながら、「なんでこんなことになったんだろう」と思っていました。
その後、親の勧めで市の不登校教室に通うことになります。
僕の学生時代を一言で表すなら
僕の学生時代を一言で表すなら、
藤井さんの「青春病」の歌詞が一番しっくりきます。
青春の病に侵され
儚いものばかり求めて
いつの日か粉になって散るだけ
青春はどどめ色
青春にサヨナラを
当時を振り返って
今振り返って思うのは、
当時の自分はよく頑張っていたということです。
学校が自分に合わないと思いながら、
それでも必死に適応しようとしていた。
同世代の友達とは感覚的に合わず、
いつも孤独で苦しんでいた。
行き場のない気持ちを、自分や家族にぶつけながら、
それでも何とか生きていた。
中学で不登校になったことは、
「自分のタイミングで学校の枠組みから卒業した」
とも言えるのかもしれません。
だから、悪いことではないし、
自分を責める必要もない。
一番大事なのは、当時の僕の心です。
それを守るために、ちゃんと行動した。
だからこそ、あの頃の自分に言いたい。
「よく頑張ったね」と。
まあ、そんなふうに思えるのは今だからで、
当時はなかなかそう考えられなかったのですが。
この話はもう少し続きます。
不登校教室は僕の居場所じゃなかった|中学で不登校になった話(半生エッセイより)
love-reitoushokuhin.hatenablog.com
おわりに
僕が不登校教室で過ごした時間や、その後の人生については、エッセイとして一冊の本にまとめました。
学生時代の孤独や、自分なりの生き方について書いています。
興味があればぜひ読んでみてください。
▼同人誌はこちらをチェック(Boothという通販サイトにとびます)
▼電子版はこちら(同じくBoothです)
▼コチラの記事もよく読まれています
僕はなぜ藤井風が好きなのか? ~愛と善性に触れる、藤井風の音楽と生き方~
ほぼ毎日藤井さんの曲を聴き続けた結果、YouTubeの藤井風チャンネルから、「再生回数がチャンネル登録者中、上位0.5%になりました」という通知が来ました笑。
しかも複数回!
そもそもなぜ僕はこんなに藤井風さんが好きなのか?
今回は改めて、その理由を言葉にしてみたいと思います。