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この記事はこんな方にオススメです。
「日本を代表するピアニストってどんな人たちなんだろう?」
「ピアノや音楽についてもっと深く知りたい」
「ピアニストの生き方に刺激を受けて、ピアノがもっとうまくなりたい!」
目次
1.終止符のない人生 著:反田恭平
2.命の響 左手のピアニスト、生きる勇気をくれる23の言葉 著:舘野 泉
1.終止符のない人生 著:反田恭平
出版社 : 幻冬舎
発売日 : 2022/7/21
単行本 : 212ページ
著者について1994年9月1日、北海道札幌市生まれ。
ピアニスト、指揮者。
2012年、高校在学中に日本音楽コンクールで第1位に入賞。
2014年、チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院に首席で入学。
2015年、イタリアの「チッタ・ディ・カントゥ国際ピアノ協奏曲コンクール」古典派部門で優勝を果たす。
2016年1月のデビューリサイタルでは、2000席のサントリーホールでチケットを完売。
2017年より、ポーランドのフレデリック・ショパン国立音楽大学(旧ワルシャワ音楽院)に在籍。
2021年10月、第18回ショパン国際ピアノコンクールで第2位に輝く。
2023年以降はミュンヘン・カナダ他、新しい地域でのデビューが控えている。
オンラインサロン「Solistiade」を主宰し、奈良を拠点にジャパン・ナショナル・オーケストラ株式会社を運営するなど、多彩な活動を展開している。
夢を叶えた瞬間からすべてが始まる
日本人として51年ぶりのショパン国際ピアノコンクール2位の快挙、自身のレーベル設立、日本初“株式会社"オーケストラの結成、クラシック界のDX化脚光を浴びる若き天才は次代の革命家でもあった
ーーいま世界が注目する音楽家の軌跡と未来
■序章 冠を獲りに行く
■第1章 ピアニスト反田恭平誕生
■第2章 いざ、世界へ
■第3章 人生を変えるショパンコンクール
■第4章 僕が世界で2位を獲れた理由
■第5章 音楽で食べていく方法
■第6章 音楽の未来
■第7章 僕を支えた天才たち
■おわりに
この本を読もうと思ったわけ
反田さんは今最も勢いのある日本人ピアニストで、お名前もよく知っています。
僕自身数年前からピアノを習い始め、現在もレッスンに通っています。
プロのピアニストの考え方に触れて、自分の演奏上達につなげたいと思いました。
極端な話、僕は「いつ死んでもいい」という覚悟で昔からずっとピアノを弾いている。
会場が大きかろうが小さかろうが、聴衆が2000人だろうがたった一人だろうが、コンサートを差別しない。
絶対に手抜きをしない。
すべてのステージで、毎回全身全霊でピアノを弾き切る。(P.139)
ピアニストにとって、コンクールの結果より大事なことはいくらでもある。
結果が何位であろうが、偉ぶることなく増長することなく、腐らず永遠の成長を続ける。
挑戦者としての真摯な姿勢を、僕たち音楽家は絶対に忘れてはならないのだ。(P.200)
反田さんは義理人情に厚く、クラシック愛にあふれたエネルギッシュな方でした。
加えてショパンコンクールに向けて、過去にコンクールで弾かれた曲を徹底的に分析する聡明さもお持ちです。
奥様である小林愛実さんとは幼なじみであり、コンクールを経てもお二人の絆は変わらなかったというエピソードに感動しました。
2.命の響 左手のピアニスト、生きる勇気をくれる23の言葉 著:舘野 泉
本の長さ:276ページ
出版社:集英社
発売日:2015/5/26
(著者プロフィール)
舘野 泉(Tateno Izumi)
1936年東京生まれ。1960年東京藝術大学首席卒業。
64年よりヘルシンキ在住。
68年メシアン・コンクール第2位。
世界各国で行った演奏会は3500回を超え、世界中の聴衆から熱い支持を得る。
2002年脳出血により右半身不随となるも、2004年「左手のピアニスト」として復帰。
シベリウス・メダル(2006年)、旭日小綬章受章(2008年)、東燃ゼネラル音楽賞本賞(2012)ほか受賞歴多数。
2006年左手作品の充実を図るために「舘野泉左手の文庫(募金)」を設立。
2012年~2013年に左手ピアノ音楽の集大成「舘野泉フェスティヴァル~左手の音楽祭」を開催。
2014年ベルリン・フィルハーモニー・カンマームジークザールでリサイタルを行う。
南相馬市民文化会館(福島県)名誉館長、日本シベリウス協会会長、日本セヴラック協会顧問、サン・フェリクス=ロウラゲ(ラングドック)名誉市民。
世界が認める奇跡のピアニストが贈る23の優しい言葉と心に沁みるエピソード。
生きる喜びと勇気がわいてくる。
78歳にして現役のピアニスト舘野泉氏。
左手のピアニストになるまでの経緯や彼の生きる喜びを、印象的な23の言葉とエピソードに託して展開する。
障がいを克服して新たな音楽の道を開いただけでなく、78歳でも現役の演奏家として続けてこられたコツが語られ、高齢になってより人生が充実していくことに共感する読者も多いことだろう。
日本を代表するピアニストで、早くから海外で評価を受け、フィンランドでは英雄的な存在でもある。
そんな舘野氏が脳溢血で舞台上で倒れたのが64歳。
演奏家生命は絶たれたと思われた。
しかし、2年後、脅威の精神力とリハビリで、再び舞台に復帰。
まさに生きる奇跡といえる存在だ。
震災にあった南相馬市へ支援、「舘野泉 左手の文庫」基金の設立など社会的な貢献も注目されている。
彼が多くの作曲家に委嘱して数々の「左手の音楽」が生まれ、多くの感動を生んでいる。
彼の生きる指針、豊かな感性、おおらかな人柄を紹介する。
<目次>
●第一章 六七歳 「左手のピアニスト」としての再出発
●第二章 ハンデに妥協せず音楽の本質を追求しつづける
●第三章 音楽は生きる喜び 人と人をつなぐ
この本を読もうと思ったわけ
NHKで館野さんの特集番組を見て、左手だけで演奏するピアニストがいるんだと衝撃を受けました。
館野さんはどうやって病気から再起し、ここまで立ち直れたのか。
館野さんの生き方(リカバリー)を知りたくて、この本を読みました。
脳神経をやられたわけだから、何事も思うようにいかなくて当然です。
絶望的になるほど回復が遅くても、それでいらだったり、不安に駆られたりせず、「時間がかかるものなんだ」と納得するしかありません。
大事なのは、自分が今置かれている状況を認め、受け入れたうえで、それでも希望を失わないこと。
そのときやるべきこと、やれることを淡々とやり続けていくことなんだと思います。(P.13)
音楽をするのに、手が一本か二本かなんて、どうでもいい。
大事なのは、何を表現するか、聴く人に何を伝えられるか。
右手は動かなくても、思考や感覚は自由に羽ばたく。
曲の中に自分の心を込めることができる。
左手一本でも、両手での演奏になんら遜色のない、素晴らしい音楽を生み出せるはずだ。(P.59)
演奏というのは、譜面を通して作曲者の魂をひもといていく真剣勝負。(P.88)
だからなんでしょうね、自分でも不思議なくらい、『あれができない、これができない』と思わずにいられる。
別に、そういう『ないない尽くし』の気持ちを意識して振り払おうとしたり、見ないようにしているわけじゃないんですよ。
両手のとき以上に、『音楽と一体になっている!』という充実感と喜びが自然と溢れてきて、なんの不足も不自由も感じていないというか……。(P.138)
人生は簡単になにかを失って終わりではない。
館野さんの物事を悲観せず、おおらかに見る姿勢を見習いたいと思いました。
僕も今事情があってピアノを弾きたくても弾けない状況にあります。
でも「いつか思い切り楽しく弾ける日が来る。だから諦めずに頑張ろう」と思えました。
喪失や絶望を経ても、人は力強く生きられるのだと勇気をもらえる一冊です。
love-reitoushokuhin.hatenablog.com